赤木 遥

花たちへ

祖母も母も叔母も、周りの女たちは皆花が好きだった。子供の頃は一緒に街を歩くたびに、花の名前を教えられた。
春にはこぶし、木蓮、梅に桜。すみれやタンポポ、チューリップ。それから藤にあやめ。鈴蘭。梅雨の時期にくちなしや紫陽花が咲く。真夏のひまわり。秋の萩、コスモス。菊が咲いて冬のサザンカに椿。
四季を通して花の名前を覚えた結果、沈丁花の香りで春、金木犀の香りで秋を感じたりもするようになった。刷り込みというのはすごいものだ。

そんな風に育った私の家には、いつも花が在る。
スーパーで数百円で買ってくる日もあれば、ちょっといい値段の花屋で買う日も、散歩して摘んでくる日もある。
何なら古い団地の五階の部屋から中庭を見下ろせば、何かしらの花がいつも咲いているくらい、植物は身近だ。もしかしたら、知らぬ間にそういう家を選んでいるのかもしれない。

部屋の中、根のない花たちはどんなに手を尽くしても数日から数週で枯れるけれど、彼らは彼らの時間で生きている。
人の時間と亀の時間と猫の時間が違うように、花の時間でそこに居る。

うちに来てくれて、ありがとう。
あなたたちはいつも美しい。自分以外の存在がそこに居てくれることで、これまでどれだけ救われたかしれない。
花たちへ贈るように、美しさを残したいと思って、私は写真を撮っている。

 

 

 

 

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